7月6日、タイ・ランシットスタジアム「KICK REVOLUTION 日本-タイ5VS5全面対抗戦」先鋒戦115ポンド契約3分5ラウンド

麗也96ピーナンジム(日本/Bewell)対ブアカーオ・ジャンタラウボン(タイ) 麗也選手判定勝利

<文・布施鋼治 写真・早田寛>

麗也
入場ゲートに現れた麗也の顔付きを見て驚いた。あどけなさが消え、キリッとしたファイターのそれになっているではないか。キャリアという階段は少年を男に変貌させる。そう思わざるをえなかった。
もっとも、当の麗也は「早く試合を始めたい」という気持ちでいっぱいだったという。
というのも、この日は当初の予定では18時のテレビ放送に合わせ、先鋒戦の麗也VSブアカーオ・ジャンタラウボンが始まるはずだった。しかし、タイでは必ずしも予定通りに大会スケジュールは進行しない。この日もそうだった。17時から始まった歌謡ショーは、18時を過ぎても終わる気配すらない。

麗也2
いつ終わるのか確認しても、確固たる返答は得られない。18時から試合を行なう準備をしていた麗也にとって、終わりが見えない歌謡ショーはフラストレーション以外なにものでもなかった。
結局、この大会に関係した日本とタイの主催者の役員がリング上にズラリと並ぶセレモニーは開催されたが、時間を短縮するために5VS5に出場する全選手がリング上に勢ぞろいする入場式は割愛された。
しかも、テレビ中継に大将戦までを全て盛り込むため、ラウンド間のインターバルは3Rまで1分、4R以降は1分30秒に変更された。スケジュールは大幅に変更になったものの、帳尻だけは合わせようとする。これも、タイのやり方だ。
舞台裏でいまかいまかと出番を待っていた麗也は深呼吸を繰り返すしかなかった。
「とりあえず気持ちを落ち着かせようと思っていました」
おまけに出番は日本チームのしょっぱな。案の定、麗也は少なからずプレッシャーを感じていた。
「トップバッターの自分が負けてしまうと、あとの人は。とにかく自分が納得できる試合をしようと思いました」
結局、第1ラウンド開始を告げるラカーン(鐘)が鳴ったのは現地時間の18時43分。勢いよくコーナーを飛び出した麗也は軽快なステップとともにローキックやジャブを打ち込む。
実は決戦の4日前、麗也は食中毒にかかってしまい、体調を崩した。おかげで減量にはいつも以上に苦労したという。しかし、そんな話がまるで嘘のように、この日の麗也の動きにはキレが感じられた。
2Rになると、麗也の動きにはさらにギアが入った。立て続けに右ミドルと右ストレートをヒットさせたかと思えば、前蹴りでブアカーオのアゴを上げる。右ミドルを食らったブアカーオが痛みを誤魔かすかのように笑顔を浮かべながらウンウンと頷く場面もあった。
そして3R、ブアカーオは首相撲で勝負に来た。ムエタイの勝負どころは3~4R。ここで組み負けたら、2Rまでの攻勢は全てチャラになってしまう。
しかし、いざ首相撲の攻防になっても、麗也は一歩も引かない。逆にブアカーオを突き放すと、横蹴りや左フックをぶち込む。この時点でブアカーオが弱気になっていることは明白だった。
麗也の証言。「3Rが終わった時点でいけるなと思いました」

麗也
4Rになると、麗也のワンマンショーに。ローを連打されたり、軸足払いをかけられると、ブアカーオは大きくスリップダウンするのみ。続けて麗也がパンチで勝負を仕掛けると、麗也と同い年のタイ人は腰を泳がせた。
結局5Rになっても、試合の流れは変わらぬまま、試合終了のラカーンが鳴り響いた。麗也にとっては圧勝というべき内容だったが、勝者は浮かぬ表情を浮かべていた。
なぜ?
「トレーナーにも倒せる相手だったら倒せる時にどんどん前に出ないとダメだと指摘されました。自分的にも見すぎるところがありましたね。ただ、勝てたことは良かったので、(8月24日に行なわれる)日本でのタイトルマッチも頑張りたい」
控室に戻ると、麗也ははにかみの似合う18歳の少年に戻っていた。

251A8672