9月29日ルンピニースタジアム
スックギャットペット
シロー・ペットギャットペット
VS
ペットアッサウィン・シットサラワットスア
(結果:ペットアッサウィン 判定勝利)
志朗がついにルンピニーのランカーを相手に闘うこととなった。
日本の格闘技興行だけを観てきたファンには想像しがたいかもしれないが、外国人選手がタイでランカー選手との対戦まで上り詰めてゆくことが、どれだけ大変なことか。
15歳より拠点をタイに置き、これまでにタイ戦績約60戦を消化。2017年より所属をギャットペットジムに移し、以降7勝4敗という好成績ぶりで現在テレビマッチの常連選手にまで上り詰めた。
その間に関係者やギャンブラーから信頼を集め、ルンピニースタジアムのランカーと闘うチャンスを得たのだ。
「徐々に自分が求めていたタイで、一流選手と闘うことへの道が見えてきた、そんな手応えはあります。日本だったら強くて有名な選手を対戦相手に選べますが、タイの場合は賭けが成立しないとダメなので王者クラスと闘うのは厳しいかと思っていました。でも今それが近づいてきたと思います」
(志朗)。
これまで日本で、タイの王者クラスと対戦し勝利してきた日本人選手は少なくはない。だが志朗は、ギャットペットジムに移籍し、トレーナーに言われた 「他の外国人選手の様に、お金を払って選手活動をする事は、ムエタイをやっている事とはいえない」
という、この一言で、現地で挑む覚悟もさらにさらに増した。
外国人だからといって海外の試合で強者に勝ったとしても、それがムエタイに勝ったとは言い難いのではないか?そういういう意味の言葉だろう。志朗はギャットペットジム陣営の考え方と共感できたからこそ、現地タイで下から勝ち上がり、ランカーへ、そして王者を目指しているのだ。
この試合も開始前からペットアッサウィン有利5-4という賭け率でスタート。ペットアッサウィンはランカー選手で知名度もあり、ギャンブラーから信頼を得ていたのだろう。だがこの5-4という均等に近い賭け率は、言い方を変えれば“志朗がいつでも逆転可能な位置にいる”ということであり、いわば志朗にかかる期待も大きいことを表した数字だった。
初回は志朗のローが冴えた。志朗のこれまでの勝ちパターンとして、試合前半でローキックを当て相手の体力と気力を奪い、後半にミドルキックやパンチで圧倒するという勝ち方が多い。ギャンブラーもその事は承知の上であり、ペットアッサウィンの失速を待っているかのように、志朗の攻撃を大合唱で応援した。
2ランド終了時にはギャンブラーから志朗の勝利へのボーナス金、2万バーツ(約7万円)を出すことを告げられる。賭け率では若干不利であっても、志朗の逆転に賭けていたギャンブラーが多かった証拠だ。
3ラウンドに入り、ペットアッサウィンは無理やり組んできた。
志朗にいつ足を蹴られてもいい様に、あらかじめ片足も上げた状態で距離を詰めてきた。首相撲へ持ち込んだペットアッサウィンの動きは、さすがランカー選手だけあり凄まじかった。膝蹴りが、というよりは、膝を出すまでの体勢に持ってゆく強引さが凄かった。長身のペットアッサウィンは上から体重をかけ、志朗の体をがっちりロックする。
首相撲の展開は4ラウンドに入ってからも続く。ギャンブラーもペットアッサウィンが首相撲に長けていることは知っており、このままだと、どんどんペットアッサウィン有利へと差が開きかねない。そんな時、志朗のバックブローが、ペットアッサウィンの首元に大きくヒットし、ペットアッサウィンの動きが止まる。
ペットアッサウィンは不意に大技を食らい意識が飛んだようだ。一瞬うつろな表情を見せた。ここから志朗の反撃が始まる。肘、膝、膝で多数のヒットを決めると、ペットアッサウィンも必死の形相で志朗にしがみつく。
4ラウンド終了時には場内からシローコールが湧きおこった。
そして志朗の勝利時のボーナス金が7万バーツ(約25万円)まで吊り上がった。志朗勝利に賭けていたギャンブラーにとって後半戦に強い志朗への期待が一気に爆発した。
試合の勝敗決着は最終ラウンドまでもつれこむ。
セコンドからは「最後は首相撲で勝負して勝て!」とゲキを飛ばされる。首相撲が得意なペットアッサウィンだが、攻撃の手段をえらばず、とにかく攻めまくって勝て!ということなのだろうか。
志朗は、組まれるまでの間に大きなパンチを多数ヒットさせる。
志朗がパンチを繰り出すたびに「当てろ!当てろ!」と言わんばかりの声援が飛び交った。
普通、ムエタイではパンチのヒット数は評価されないことが多いが、志朗の場合は別だ。これは、これまでの試合で志朗のパンチは異例の破壊力をもって形勢逆転、そして自身を勝利へと導いてきたため、ムエタイ界でも志朗のパンチは大きな武器として認知されているのだ。だから志朗がパンチを繰り出す度に賭け率も志朗側へ引き付けた。
だがペットアッサウィンも意地で首相撲の体勢にもちこんでくる。
そんな動作の中でペットアッサウィンの足を囲った志朗だが、逆に自身がバランスを崩しマットに手をついてしまった。ムエタイの接戦では、リング上に倒れこんだり、マットに手をつくことは御法度であり、ここで場内賭け率も一気にペットアッサウィン側へ流れてしまう。
ここから志朗はさらに大きなパンチを当てたかったが、状況逆転できるほどのヒットはなく終了ゴングを聞いた。
志朗は判定負けしてしまう。
後半に大技を当て勝利も目前だったが、最後の最後、たった一回の転倒だけで、ランカーからの勝利を逃してしまった。非常に残念な負け方ではあるが、だが判定時の接戦が多いムエタイでは、このようなシーソーゲームで勝敗が決まることが常であり、それだけ試合終盤までのスタミナ(頑丈さ)が求められる。
試合後に志朗は「ここ数年で一番疲れた試合だった。試合後に首と腕が筋肉痛になったことは初めてでした。」と語ってくれたが、ペットアッサウィンの首相撲はそれだけ執念深く、そして最後の最後まで力強かった。
志朗のローキックを多数くらい足が赤く腫れあがってでも、顔色一つ変えず志朗に組んできた、あの執念には驚かされた。
今現在の志朗は、強者とのせめぎあいに勝ち抜き、そしてムエタイのトップ戦線に片足を踏み入れたところだ。
ムエタイの最高峰まであともう一歩といえど、険しい難関が幾度となく待ち構えているだろう。
だが、志朗が選んだムエタイは、海外でではなく、本場タイで闘い勝ち上がってゆくという正攻法で挑むムエタイであり、それは志朗がムエタイが好きであり、そして自分自身に嘘をつけない男だからこそ、タイ人選手と同じ土俵で真正面からムエタイに挑んでいくのだろう。
11月17日、両国国技館でおこなわれるRISEの試合に初参戦する志朗は、RISE王者の工藤政英選手と試合がきまっている。この試合に勝てば、来年から始まるトーナメントへの参戦チャンスを得る。タイのムエタイだけではなく、世界のリングで通用するムエタイを、今後も追及してゆく
志朗から、11.17、RISE両国大会への意気込みの声が届いている。
「日本人離れした打撃、特に蹴り技を観てほしい。
他の選手より経験値はありますし、引き出しも多いので、日本のファンの皆さんを感動させられるような試合がしたいです。応援をよろしくお願いします。」
写真・記事 早田寛/Soda Hiroshi