清川①
甲子園まであと一歩まで迫った元高校野球児はキックの頂きを目指す。
WPMF世界暫定フェザー級王者のSHIGERU、WPMF日本フライ級王者のいつか・・・。最近、新宿レフティージム勢の活躍が目ざましい。その中でもピカイチのスタミナを誇る無冠の帝王がいる。7月6日のランシットスタジアムに出場する清川祐弥だ。(文・布施鋼治)

「(体力を)残すな。先のことは考えるな」
六山哲哉トレーナーのゲキが鳴り響くと、両手に重量のあるプレートを抱えた選手たちはア~ッと絶叫しながら腿上げのスパートをかけた。
5月某日、新宿レフティージムの朝練習。当初は代々木公園でRUNトレを行なう予定だったが、あいにくこの日は大雨。急遽予定を変更してジムワークになった。
ただ、場所が屋外から屋内になったからといって練習が楽になることはない。腿上げが終わると、床に倒れ込んだWPMF世界暫定フェザー級王者のSHIGERUは呟いた。
「ふくらはぎが死ぬ」
それでも練習は序の口。六山トレーナーは再び声をあげた。
「さあ、次はみんなの大好きな○△ジャンプ!」
清川②
床に敷かれたビニールシートが、どんどん汗にまみれていく。ラストスパートの段階になると、選手たちの絶叫が再び交錯した。
「ハイ、辞め!」
六山トレーナーの号令とともに、選手たちは再び床に倒れ込んだ。
「ハアハアハア」
ジムの中を激しい息遣いが支配する中、ひとりだけ普通に小休止をとる選手がいた。WPMF日本フェザー級1位の清川祐弥だ。練習後、体力の有無について訊くと、清川は当たり前のようにありますねと答えた。
「これから試合に向けて、もっと息が上がらないようになっていくと思います」
新宿レフティージムが朝練を導入するようになったのはちょうど1年前。六山トレーナーが合流したことがきっかけだった。それから週2回は必ずRUNトレを中心として朝練習を続けている。清川は、そのおかげでさらにスタミナがついたことを否定しない。
「以前はもっと疲れていたと思うけど、この練習環境になってから3Rになっても、『もう3R?』という感じになりましたね」
以前は野球少年として、ひたむきに白球を追いかけていたことも見逃せない。東海大菅生の3年生の時には外野手として都大会の決勝まで勝ち進んだ。
「あとひとつ勝てたら甲子園でしたからね。負けた時の喪失感は大きかった」
拓殖大学に進学してからも清川は野球を続けた。キックボクサーとしては左ミドルキックのフォームが美しいサウスポーとして知られる存在なだけに、野球でも左投げの左打ちだったかと思いきや、清川は言下にそれを否定した。
「野球では右投げの右打ちでした。新宿レフティージムに入った時も最初は右でやっていたんですよ。ジムの名前がレフティーだし、(現役時代はサウスポーの豪腕として名を馳せた)浜川会長に憧れて、サウスポーを試してみたらどんどん勝っちゃって」
──いわゆるコンパーデット・サウスポー(矯正型の左利き)というやつですね?
「ハイ。最初はパンチを打てなくて試合になっても蹴りばかり。でも、最近はパンチも左で打つ方がインパクトがありますね。もうサウスポーに慣れてしまいました」
今年2月11日には『NO KICK NO LIFE2014』に出場し、”日本人キラー”として名を馳せるヨーユット・B-FAMILY NEOと激突。テンカオ(カウンターのヒザ蹴り)で失速させ、最後は右フックで難攻不落のタイ人をKOで下したことは記憶に新しい。会心の勝利について訊くと、清川は滑らかに話し始めた。
 
清川③
 「会長とヒザ蹴りを重点的にミットでやっていたんですよ。本当に練習でやっていた通りのヒザ蹴りが出た。ヨーユットはフェイントがうまい選手じゃないですか。なので、彼のフェイントをパクって実際に使ってみたらそ れにはまってくれた」
このヨーユット戦も含め、過去に清川は日本でタイ人と4度対戦して、3勝1敗の好成績を収めている。6~7年前、タイで修行した経験も一度ある。浜川会長や先輩たちの薦めで、本場のムエタイを体で味わいたくな ったのだ。
「3週間、遊びに行くこともなく、毎日ずっと練習していました。たまたま小学校の子がいて、その子がずっとやっていたので、僕も休んじゃいけないと思ったんですよ(笑)」
ただ、その時試合をするチャンスはなかったので、今回が本場タイでのデビュー戦となる。
「なので、最初にこの話をいただいた時にはものすごくうれしかったです。ランシットスタジアムって綺麗じゃないですか。ネットで検索して写真を見たけど、なんだか緊張してしまいました」
国内における清川は戴冠まであと一歩というポジションにいる。今年3月30日には”情熱のタフガイ”長嶋大樹が保持するWPMF日本フェザー級王座に挑戦したが、3RTKO負けを喫してしまった。
「試合前、左ミドルを変えろと指摘されていたけど、大丈夫だろうと思ってそのままやったらカウンターで狙い撃ちされてしまいました。もうジムの仲間にも簡単にカウンターを合わせられてしまいますからね。このままだとダメだと思い、最近になってフォームと(打 つ)タイングを変えました」
キックを始めて8年、すでに30戦の戦績を誇る。新宿レフティージムの中では一番のキャリアの持ち主だ。清川は、そろそろ結果が欲しいと本音を漏らした。
「大事な試合になったりすると緊張したりするので、メンタルが課題ですかね」
六山トレーナーは、スタミナがあるがゆえの問題点を指摘した。
「ヘバっている姿を人に見せたくないのでしょう。清川はいつもヘラッとしている。なので、練習でもこれ以上やると倒れてしまうんじゃないかというところでブレーキをかけるところがあった。最近は、なんとかリミッターを外せるようになってきましたけどね。例えば 5人の中で一緒に練習させると別に手を抜いているわけではないけど、そこそこにしかやらない。ただ、清川はもともと負けん気の強いタイプ。1VS1で競わせると全てを出し切るんですよ」
限界を超えろ。