251A5864

志朗がタイで拠点とする96ピーナンジムは、バンコク最大の市場クロントゥーイの裏手にある。周囲はいわゆるスラム街でバラック建ての家も多く、ジム周辺にはゴミが散乱している。志朗の母親が一度訪れ、涙したという逸話にも頷ける。

普通の衛生観念を持った親だったら、とてもわが子を預ける気にはなれない環境だ。治安の方もいわずもがな。志朗が銃声を聞いたことも一度や二度ではない。
「夜に半分遊びで試し打ちをしているみたい。さすがに銃を突きつけられたことはないけど、瓶で殴っていたり、ナイフで刺された場面には出くわしたことがありますね」

251A5725
ピーナンジムよりも衛生状態に優れたジムはごまんとある。にもかかわらず志朗はこのジムを拠点に活動し続けている。なぜ? という疑問を投げかけるのは愚問だろう。そこにガイスイットという名トレーナーがいる以外の理由はない。強くなるためにはガイスイットの指導を受けたい。その気持ちを最優先させたら、ジムの環境問題で悩むことはできなくなってしまったのだ。
案の定、ガイスットの指導や本人の努力によって志朗は現地のギャンブラーにもその名を覚えてもらえる存在になった。タイでは、まずギャンブラーに名前を覚えてもらわないと、いいところで使ってもらうことはできない。
しかしながらキャリアを積み重ねるにつれ、別の問題が頭をもたげた。テクニックや試合運びを習うのとフィジカルを鍛えるのとは別ということだ。志朗が腰痛に悩まされるようになっても、ジム側がきちんとしたケアをしたとは思えない。だからこそ、その腰痛は「マイペンライ」の一言で済まされないほど悪化したのだろう。
そうした矢先に志朗は知人のつてを頼ってニック永末氏に遭い、独自の体幹トレーニングを始める。すると、腰痛の症状は劇的に快方に向かう。食生活におけるアドバイスをもらうようになると、課題のひとつだった減量で苦しむこともなくなった。
そこでタイに滞在中も志朗は永末氏のメニューに基づいた体幹トレーニングを行なうように務めている。そこで身銭を切ってジム内にはウエートトレーニングの器具を買い揃えた。志朗はそんなに高くなかったと言葉を続けた。

11036269_812042942178977_739480158596106950_o
「日本円で3~4万ですかね。筋肉は10日くらいで落ちてしまうのでやり続けないと意味はない。ニックさんにメニューを考えてもらってやっています。最近は筋トレは週3回、1回に1時間半くらいかけてやるようにしていますね。絶対に筋肉痛が来るようにやっています」
その効果はいわずもがな。志朗は体幹が鍛えられていることを実感している。
「体勢が崩れたあとも攻撃しやすくなったというのはありますね。タイ人からも蹴りの軌道が良くなったといわれています」
問題がないわけではない。現地のムエタイ選手には筋トレをやる習慣がない。そういえば、ピーナンジムでも錆び付いた筋トレマシンを見かけた記憶がある。志朗が仲のいいジムメイトに薦めても、イヤイヤやっているようにしか見えないという。
「タイ人は筋トレが嫌い。やったら弱くなるという言い伝えがあるみたい」
志朗はランシットスタジアム認定インターナショナルバンタム級王座を返上。3月17日にはトングサーム・ソーグルウォンとの間で空位の同級スーパーバンタム級王座を争う。トングサームは麗也より若い18歳。スラートタニー県出身で、すでにルンピニーやラジャダムナンなどメジャースタジアムでの試合経験もあるナックモエだ。しかも、最近3試合は負けなしだという情報も伝わってきている。志朗はすでに試合映像を見たと証言した。
「ヒジやミドルによる1ラウンドKOが多いですね。ラジャやルンピニーにも出ているみたいだけど、僕が見たのは田舎(の会場での試合)がほとんど。ラジャやルンピニーだと次の試合まで最低21日は空けなければならないという規則があるけど、田舎にはない。田舎でやる方がお金になるからでしょうね」

志朗の公開練習③
トングサームの方が若干ながら身長が高いところに水を向けると、志朗は気にはならないと答えた。
「背が高い選手に対しての勝率はいいんですよ。身長が高い選手の方が倒しやすい。いかに組ませないかを考えながら闘いたい」
志朗の視線は対戦相手だけではなく、現地のギャンブラーにも向けられている。リングに上がった時点での賭け率は相手の方に傾いていると予想する。
「その賭け率を自分にどう寄せるかも問題になってくる。タイの場合はそこまで考えないといけない。1~2ラウンドのうちにダメージを結構与えたい。それが理想」
2月12日にタイに旅立った志朗は2日後にはサラブリー県の特設会場で行なわれた試合に代打で出陣。判定勝利を収めた。そういえば離日直前には、こんなことを口にしていた。
「タイでは久しぶりの試合。軽い気持ちで行くと思います。どれだけ動けるかを確かめながら闘いたい。タイでは試合が調整みたいなもの。試合をしている方がケガをしないですから。僕の場合、練習する期間が長ければ長いほどケガが増えてくる」
3月17日はタイで放送されるテレビマッチのメインイベント。8か月ぶりとなるランシットスタジアムのリングで志朗はどんな雄姿を見せてくれるだろうか。

文・布施鋼治 写真・早田寛(写真上2点)
3月17日、タイ国ランシットスタジアム
「KICK REVOLUTION2015」
ランシットスタジアム認定初代インターナショナルスーパーバンタム級王座決定戦(3分5R)
志朗(96ピーナンジム/BeWELL)
VS
トングサーム・ソーグルウォン(タイ)