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6月7日(現地時間)、志朗は急きょルンピニースタジアムに出場した。

「1カ月後にランシットでの試合を控えているのになぜ?」と首を傾げる方もいるだろう。
しかし、タイでは1カ月に1回程度のペースでリングに上がるのは当たり前。それに加え、志朗は現地で1年間試合をしていないという裏事情もあった。


ムエタイとキックボクシングは似て非なるもの。採点基準も違えば、観客に求められるものも違う。7月6日のセーングサクッダー・チョーワチラ戦を前に、志朗はムエタイスタイルの試運転をしておきたかったのだ。
当初闘いの舞台はチョンブリーが予定されていた。バンコクから車で片道2時間程度のところにある地方都市だ。ところが、件の政情不安の影響で3日前に大会は中止に。
タイで志朗が所属する96ピーナンジムは急遽ブリラムでの試合を組もうと調整に入った。ブリラムはカンボジアとの国境に面する地域。過去に何名もの著名なナックモエを輩出したことでも知られているが、バンコクから車で片道5~6時間はかかる。
ところが、6日深夜、ルンピニーのプロモーターから突如96ピーナンジムに「志朗を出してくれないか」という連絡が入った。当初出場予定だった選手が銃撃戦に巻き込まれ、亡くなってしまったというのだ。日本だったら大事件になることは間違いないが、その報を耳にしても志朗が驚くことはなかった。

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「ジムの友達もナイフで刺されたり、瓶で殴られたりしている。タイではそんなに驚くことではないですね。タイ人って怒りやすいし、怒ったら何をするかわからないところがありますからね」
気持ち的には地方で試合をする方が楽だったので、いきなり「ルンピニーからも試合の話が来たけど」と切り出された時にはさすがに不安になった。そんな志朗にジムのトレーナーはルンピニーの方をとるように促した。
「ブリラムは遠いし、ヘタをしたらガソリン代だけでも赤字になるぞ」
マッチメークの善し悪しより算盤勘定か。全くタイらしい話だ。正式に決定したのは大会当日。計量会場で志朗が対戦相手のヨードペット・スアンアハーンピックマイの体格を見定めてからのことだった。
それまで事の推移が志朗の耳に詳細に入ることはなかったので、志朗は「自分に選択肢はなかったも同じ」と苦笑いしながら振り返る。
「ヨードペットのジムは王者がふたりもいて、伝統的にヒジが強い選手が多いことで有名なので、相手を見定める前からヒジは警戒していました」
当初は58㎏契約だったが、昨日の今日ですぐに落とせるわけがない。そこで試合は60・4㎏契約で行なわれることになった。毎日試合直前の選手と同じ練習をしていたのでコンディションに不安はなかったが、いつもより5㎏程度重い契約体重に一抹の不安が残った。
「計量の時には大きく見えなかったので心配していなかったけど、(試合までに)ヨードペットは体重を戻してきますからね」
旧ルンピニーには10回ほど上がっているが、今春オープンしたばかりの新ルンピニースタジアムで試合をするのは初めてのことだった。ムエタイを生業にする者にとってルンピニーは一大ブランド。それに惹かれるという部分では志朗とて例外ではなかった。
「新人戦のレベルはラジャよりルンピニーの方が高いので、試合が決まった時点で緊張感はありましたね」
建物はきれいだったが、都心部から遠いことには閉口した。
「以前は(内側に)走るところもあったけど、新スタジアムはスタジアムの周りを走って体重を落とさないといけない。しかも日陰がないところなので、ラジャダムナンスタジアムのように室内で走れる方が体重は落ちるような気がしましたね」
大会名はスック・ムエタイルンピニー。歴史と伝統に包まれたスタジアムの新人戦だ。志朗VSヨードペットはメインイベントとして組まれた。実際にリング上でヨードペットと向かい合うと、体の大きさを感じた。

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相手の情報はほとんど何もなかった。サウスポーであることも、試合が始まってから初めてわかったほどだ。ムエタイらしく、試合は3ラウンドから首相撲中心の展開に。この攻防でヨードペットが優勢のまま、5Rを迎えた。
「勝ったら、2万バーツの賞金を出すぞ!」 ギャンブラーから志朗にゲキが飛んだ。
期待に応えるべく、志朗は前へ。バックブローで一瞬ヨードペットの足を止めた場面もあったが、最後まで賭け率が動くことはなかった。3-0でヨードペットの判定勝ちだ。
結果的に白星を挙げることはできなかったものの、いつもより遥かに重い契約体重での一戦である。
「勝ち負けよりもどれくらい動けるか」
「ムエタイにどれくらい対応できるか」
といったところに重きを置いていたので、試合後の志朗に悲壮感は漂っていなかった。すでに気持ちも切り替わり、志朗の視線はランシットスタジアムに向いている。そもそも志朗はランシットにいい思い出しか残っていない。
2012年11月6日、同所で行なわれたシーモーク・ソーサイヤンジム戦で勝利を収めたことをきっかけに、現地の評価を一気に高めたからだ。しかも、今回は日本-タイ5VS5の中というシチュエーションの中で行なわれる一戦。いやがうえにも力が入る。
「タイでこれだけ日本人選手が出る興行は珍しい。それにタイでは同じ場所で他の日本人選手と一緒に出場したことがない。そういった意味でも楽しみです」
──対戦相手のセーングサクッダーについての情報は?
「地方の選手なので、サウスポーということ以外の情報はない。でも、それがわかっているだけでもタイでは貴重。それ以外は知らなくても問題はない」
すでに闘い方のイメージもできている。
日本みたいにKOで勝つよりタイでは判定勝ちすることの方が重要。そこで無理にKOは狙わないで、ムエタイをして勝ちたい。テクニック的には右の蹴りを軸に首相撲もしっかり対応して勝つのが理想ですね」
この一戦に向け、練習内容にも変化が見られるようになったという。
「今まで首相撲は掴んでの練習が多かったけど、いまは手で相手の顔を押しながらヒザ蹴りを打ったり、さらにそのうえのテクニックを駆使しての首相撲を練習したりしています」
今年2月にタイに戻って以来、志朗は96ピーナンジムでの練習に明け暮れている。日本では腰痛に悩まされることもあったが、バンコクの亜熱帯性の気候が合っているのだろうか、タイでは腰をさほど気にすることもない。
食事はイサーン料理が中心。たまに「日本料理が食べたい」と思うこともあるが、練習環境を優先して考えたらそれも我慢するしかない。それでも、たまに自分が日本人であることを強く意識することがある。
「練習中のお喋りや、練習前や練習も終わっていないのにお菓子を食べるタイ人を見た時には本当にそう思いますね」

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<文・布施鋼治>

<写真・早田寛>