試合前に志朗を見てフッと思った。

“これまでに増して肩幅が広くなり、そして筋肉に張りが出てきた!”という事だ。

ギャットペットジムに移籍してから練習方法も大きく変わり、これまで以上にフィジカルトレーニングに重点を置いてきたという。

ムエタイは日本のキックボクシングとは違い、首相撲の時間が長い。キックの試合の様に、片方の選手がクリンチしてもレフリーは試合を止める事はしない。その状態から首相撲としての攻防が延々と続く。

特に近代ムエタイの傾向として、試合中盤(3Rあたり)から首相撲に移行する事が多く、ここでスタミナ消費合戦が繰り広げられる。この試合中盤からのスタミナ消耗戦で優勢ぶりをアピールできなければムエタイでは勝つことはできない。だから打撃のみのキックボクシングとは使う筋肉も違うのだろう。

パッと見の体の変化からも、日々のトレーニングの成果が出始めている事を感じた。

 

 

タイでは、もう30年近く前から土曜と日曜の地上波テレビマッチが人気で、週末のお茶の間はムエタイ観戦で締めくくるといった感じだったのだろうか。

最近はネットTVが盛んになった事で、現在タイ国内で20以上のムエタイTVマッチがあるだろう。そんななかでも志朗はタイの有力プロモーターであり、現時点でナンバーワンと称されることの多いギャットペットプロモーション主催、ルンピニースタジアム・テレビマッチの常連選手として認知されている。

ムエタイ・テレビマッチへの広告出典は国民へのアピール効果も高く、色々な企業がムエタイ放映に協賛している。

志朗とカオカオデーンが手にしているのは、大手肥料メーカーの商品との事。

 

志朗の試合は初回からローキックで攻め込み、そのまま中盤、後半への試合ペースを握ってゆくという流れが多い。

「ムエタイはミドルキックや膝蹴りがポイントが高い」と言われる事が多いが、ではローキック中心で攻めた場合はどう影響してくるのか。

接戦だった場合は、もちろん一発でも多くのミドルキックを当てた選手がポイントで優り勝利することとなるが、前半からの「どれだけ試合の主導権を握ってきたのか」という事も判定にに大きく影響してくる。志朗の場合、初回からローキックを蹴り込み、相手の足を効かせる。ここで状況奪回するべく首相撲を仕掛けてくるタイ選手を捌き、その後もミドルキックやパンチで圧倒して勝つパターンが多い。

すなわち“後半戦になってからも強い選手”として知られ、ギャンブラーにとっても投資しやすい選手という事がいえる。

 

今回の対戦相手、カオカオデーン・フアロンナムカンは、ルンピニー、ラジャダムナンの元ランカー選手だ。

この選手に勝てば、これまでの志朗の実績とともに高い評価を得て、志朗のルンピニーへのランキング入りもみえてくる。

試合は3ランドまでリング上では互角だったものの、ギャンブラー陣営ではカオカオデーン有利という賭け率が出ていた。

賭け率というのは、これまた厄介なもので、リング上の攻防で志朗が勝っていたとしても、選手の勝敗に現金を賭けているギャンブラーが「カオカオデーンの勝利に賭けているから、カオカオデーンの勝ちにしろ!」という声援がでかければ、ジャッジ判定もカオカオデーンの勝利に傾きやすいという、ムエタイならではの判定なのだ。

では、「志朗が有利だ!」という声援が大きくなるにはどうしたらいいのか。それは、志朗自身が徹底的にカオカオデーンを攻めまくり、誰もが志朗の勝利を確信するほどの優勢ぶりを見せなければならない。今回は二大スタジアムの元ランカーでもあるカオカオデーンの方に知名度があり、志朗にとっては不利な賭け率の進行が予測されたが…

3ラウンドまでは賭け率でもカオカオデーン有利とでていたものの、カオカオデーン陣営にしてみれば初回から志朗の攻撃を食らい続け、今にも志朗に逆転されてもおかしくない状況だった。

4ラウンド、カオカオデーンは状況奪回に首相撲で挑んできたが、ここでも志朗は素早くミドルを繰り出し、そしてパンチもヒットさせた。カオカオデーンがやっと組めた状態からも、志朗は細かい膝を当て試合の流れを完全に奪い取った。ここでようやく場内賭け率も志朗有利と出はじめた。場内観衆の誰もが志朗の勝利を確信した瞬間だった。

最終ラウンド、完全に志朗が勝っている状態だったが、カオカオデーンが外国人の志朗に負ける事を許すはずもなく、ここからも必死の形相で志朗を潰しにきた。この元ランカーの必死の攻めを、志朗は距離を取って蹴り技でいなす。最後はカオカオデーンは勝つことをあきらめ攻撃を止めた。ここで志朗の勝利は完全なものとなる。ジャッジ判定も志朗を勝者とした。

 

外国人が現地でのムエタイに勝利するのは容易なことではないが、その理由の一つに、上記したような“賭けのシステムを理解していなければ勝てない”という事があげられる。そのためには、セコンドの指示を明確に聞き分ける事をしなければならないし、その都度、状況判断しながら体を動かさなければならないのだ。

要するに、ある程度のタイ語が理解できなければならず、15歳から現地タイでムエタイに挑んできた志朗の積み重ねが、この日の勝利からも見て取れるものであった。

11月17日、RISE両国大会では工藤政英(新宿レフティージム)との対戦も発表され、志朗のタイでの闘いぶりが日本でも観られるのだろうか。

志朗にとって今現在こそ、充実の時期をむかえたといえる。

 

記事・写真 早田寛(Hiroshi Soda)